このたびは2022年日本建築学会著作賞を賜り、誠に光栄に存じます。受賞作の下敷きとなった博士論文の主査であり、推薦人となっていただいた伊藤毅先生はじめ、ご審査いただいた諸先生、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

 本作は、鈴木博之研究室の大学院生時代に着想した「日本の建築論壇におけるジョン・ラスキン受容」にその端緒があります。当時は日本語文献のみを史料としたこの研究は、いつしかわたしに、日本を飛び出た世界旅行を夢想させました。「ラスキン」という名の飛行機を乗りまわして、文字と思想の世界を遍歴したい。ロゴスの世界を飛びまわり、その実測調査から自分なりの地図を描いてみたい。こうしてわたしのラスキン受容史研究は、各国の図書館をリアルに、そしてバーチャルに、訪ねあるくところから本格化しました。

 その旅の中間到達地点が『歴史の建設』です。現代の情報技術を駆使し、約1万5000件のラスキン言及史料をふるい分けしたと豪語する本作ですが、それをやりきるべきだという覚悟は、さまざまな言語の史料に触れてきた、それ以前の旅の肌感覚から生まれたものだったと思い返します。アメリカ合衆国の地図、英語史料一色の地図さえも描けないようでは、世界地図など描くべくもない。2015年秋から半年間にわたるプリンストン大学留学は、それまでの楽観的な旅に切迫感をもたらしました。この書物の世界旅行をここで終わらせたくない。そうした思いに駆られて大学に引き籠った作業は、気づけば畳2枚ぶんの相関図となっていました。このマップが「都市をノードとする情報ネットワーク」を表現すること、そうして、自分がめざすべき世界地図のミニチュアだと気付いたところで、ようやく旅の続行を確信しました。その高揚感とともに書かれた博士論文が、このように単著化され、かつ本賞の受賞を含めさまざまに言祝がれたことを、さらなる旅のはなむけと理解します。

 ただ、いずれは本書も翻訳し、英語読者を驚かせたい。このアメリカの旅のほんとうの「けり」は、まだついていないのです。留学時にお世話になった方々への、きちんとした成果報告もまだできていない。コロンビア大学のバリー・バーグドール先生は、先述のマップに「くれぐれもコーヒーはこぼすな」と再三の注意を下さりました。それはもしかすると、「コーヒーは出さないのでさっさと帰って研究に精を出せ」ということだったのかもしれません。受入研究者であったビアトリス・コロミーナ先生には逆に、「ラスキンはグリーノウであった」という漠然とした着想を伝えたきり、いただいたコーヒーをさっさと飲みきり帰国しました。

 しかしその成果報告が叶ったとしても、それは次の旅の道中であることでしょう。ほっと一息、つくひまもなく、わたしの建築史の旅は続きます。

留学中に作成した米国ラスキン受容史マップ(2015-16年)